自由なノマドワーカーやフリーランスになるには仕事内容ではなく責任の場所を移動させよう

会社員と個人事業主はルールが違うよ

さて、会社員をしながら二足のわらじを履いたり、主婦業のスキマ時間に副業を始めたり、会社員を辞めてノマドワーカーやフリーランスになっていく人がいますが、上手くいく人とそうでない人がキレイに二極化していきます。

会社員時代は華々しい成績や業績、技術があったとしても、いざ独立してみると、全然発揮できていないなんてことはよくある話です。

今回の記事は、副業を始めたり、起業をしてから、成功している人やワクワクで楽しく生きている人と、全く上手く行かず眉間にシワを寄せながら苦しみもがきながら生きている人の違いについて迫っていきたいと思います。

責任の場所が違う

多くの人は、目に見える部分ばかりに重きを置いていますが、実際は全く逆で、目に見えていない部分が超重要です。

なかでも今回お伝えしようと思っていた『責任の場所』です。

自分でビジネスを始めて上手くいく人はこの責任の場所の違いがハッキリ分かっています。

じゃあ、どう違うんだ?という話になってきます。かなり重要な事をお伝えしますが、簡潔にお伝えしますので、スルーしないでくださいね。

出来れば20回くらいは読み返して欲しいです。何なら、コピー用紙に大きく書いてトイレに貼って毎日眺めて欲しいくらいです。

この責任の場所についての違いは以下です。

・他人の決めた土俵に責任を置いているのか?

・自分の決めた土俵に責任を置いているのか?

真面目さを発揮する場所がズレているんですよ。

例えば、せっかく自分のビジネスをしているにも関わらず上手く行かなかったり楽しめなかったり、やりたいことをやれずフルパワーで生きられない人の口癖でこんなのがあります。

「生きていくために仕事をしている」

と。

「おお、そうか。。」「そりゃ、そうだよな。」ってなりますよね。そして、その言葉の後には続きがあってですね。

「社会人としての責任を持つために嫌でも仕方なく仕事をするのが常識だろう。」と。

よくあるパターンですよね。そして、周りにもこういう人いますよね。

反対に、自分の好きな事を思う存分やって遊んでいるような感じで生きている人は、普通では考えられないような“責任”を抱えて生きています。

どんな“責任”かというとですね。

自分の好きな事やワクワクすること、楽しくなることを自分に与えることに責任を持っているんです。

好きな事を仕事にしようという話ではなくて、仕事自体が好きな事でなくても、その環境で好きな事やワクワクすることなどの肯定的側面を見つけて、自分を楽しませることに責任を持っているため、どこでもワクワク楽しくやれます。

後者のワクワク楽しくハッピーに生きている人たちは、実は社会のためとかカッコつけて自分をないがしろにすることを経験してきていたりするので、その愚かさを知っていたりします。

木は枝葉ではなく幹から腐る

小手先のテクニックやノウハウ、条件ばかりに目を向けがちになってきたら黄色信号です。大切なのは在り方であり、生き方です。それを忘れちゃいけません。

それは、ブログ一つでもそうです。どれだけ見た目をキレイにしても、発信者の在り方や生き方が文章に乗っかって発信されるので、その発信エネルギーが引き寄せる人や物事を決めていきます。

そうやって自分が自分の人生をつくっていて、自分の口癖や意識のベクトルの向きが少し先の未来をつくっています。

営業の世界で前者と後者の人に同じノウハウ同じ条件、同じ仕事案件を与えても、全く違う結果になるのと同じように、同じビジネスをやってもでも全く違う人生を生きることになります。

それは、在り方や生き方が全てだからです。これが違いをもたらす違いです。

「いやいや、あの人は才能があるから、あの人は、頭がいいから」と言いたくなる気持ちも分からなくはないですが、そう思っているうちはダメですね。

大事なのは、生き方や在り方ですから。

ワクワクで生きられるようになるためには、学校では教えてくれないたくさんのことを学ぶ必要があるかもしれません。そして、それらを教えてくれる人はあまり存在しません。

でも、そのおかげで、たくさんの学ばなくて良いことがわかるようになるかもしれません。

ワクワクで生きている人は、自分のやりたいことをやることに責任を持っています。

ワクワクで生きていない人は、自分のやりたいことをやることに責任を放棄する代わりに社会的責任を持っています。

両者は、在り方が違うため、生きていくためのルールも違います。よって、住む世界が大きく変わってくるわけです。

どっちが良い悪いという話ではなく、在り方が違うと人生の角度が変わるので、生き方に差が出てきて当たり前だよねって話をさせて頂きました。

まとめ

さて、どこに責任の場所を設置しますか?

自分のやりたいことやワクワクなどを守るために責任を持ちますか?

それとも、全ての責任を第三者に委ねますか?

世界はいつも「自分が信じているもの」が目の前に展開されていきます。全ては選べるんです。

第三者に責任を委ねるのは楽な生き方。クソワガママな自分に責任を持つ生き方は楽しい生き方。

どうせなら楽しく生きた方がエキサイティングでクレイジーでいいんじゃないかなと僕は思っています。